ネットなりすまし痴漢事件

今日は「インターネット掲示板でのなりすまし事件」について考えてみます。

女性になりすましインターネットの掲示板で痴漢を呼び掛けたとして,和歌山区検は29日,大阪国税局海南税務署員,I容疑者を県迷惑防止条例違反(卑わいな行為)で略式起訴した。和歌山簡裁は罰金30万円の略式命令を出し,伊勢川容疑者は即日納付した。

起訴状では,I容疑者は4月30日,JR和歌山線電車内で,インターネットの掲示板に,乗り合わせた女性になりすまし,服の特徴や痴漢行為を望むような書き込みをし,掲示板を見た男性に女性の体を触らせた,としている。

捜査関係者によると,I容疑者は「痴漢しているところを助ければ,自分を好きになってくれると思った」などと供述している。

同国税局は「国民の信頼を損なう重大な事件であり,誠に遺憾。司法当局の判断を踏まえ,組織として厳正に対処する」としている。

和歌山地検は29日,この事件で,女性を触ったとして強制わいせつ容疑で逮捕され,処分保留で釈放された男性(26)を不起訴にした。不起訴の理由は明らかにしていない(2013年7月30日 読売新聞)。

さて,今回の事件の加害者は,被害者女性の同意があると思い込んで痴漢をしてしまいました。加害者の痴漢行為には,何らかの罪が成立するのでしょうか。この点について法律的観点から少し考えてみようと思います。
 
加害者は,インターネット掲示板上で「痴漢募集」の書き込みを見て,これに応じ,痴漢を募集していた女性と思われる女性に痴漢をしました。加害者の言い分としては,被害者の同意を得たうえで,女性の体を触っただけだと言いたいでしょう。そこで,「被害者の同意」論や錯誤論を用いて,犯罪の成立を否定できるのではないかが問題となるのです。

犯罪は,何らかの法益が侵害された場合に成立するものです。ですので,法益主体である被害者自身が有効な同意によって,自らの法益を放棄したと認められる場合には,犯罪が成立しない,と考えるのが「被害者の同意」に関する議論です。強制わいせつ罪においける保護法益は「被害者の性的自由」ですので,被害者が性的な行為をされることに同意していれば,原則として,当該行為には犯罪が成立しないことになります。
もっとも,他の乗客の面前で行えば公然わいせつ罪が成立する余地はあります。今回の事件では,実際に,被害者女性は痴漢行為に対して全く同意をしていませんでした。加害者は,被害者の同意があると誤信していた以上,違法性を阻却する事実を認識していなかった(故意がなかった)として犯罪が成立しないと解する余地があります。現に,本件で実際に痴漢行為をした人は立件されないと思われます。

一方で,そのような成り済ましの呼びかけをした今回の犯人には,痴漢が成立します。これは,情を知らない第三者を利用した,一種の間接正犯としての責任を負うことになります。

更に詳しく知りたい方は「痴漢で逮捕されたら」をお読みください。

「刑事司法」に関連する記事

低額すぎる刑事補償と裁判所の厳格な証拠評価

今日はある窃盗事件の無罪判決の話です。 長野県塩尻市のコインランドリーで昨年2月,女性の下着を盗んだとして窃盗罪に問われた男性(39)の無罪確定に関連し,刑事補償法に基づき,拘束日数に応じた補償金166万2500円が24日,男性に支払われた。 補償の ...

READ MORE

米原タンク殺人事件報道に思う

米原で会社員の若い女性が何者かに襲われ、汚泥タンクに投げ込まれて殺害された事件で、容疑者として会社員が逮捕されました。もちろん、殺人ですから、裁判員制度の対象事件です。 私は”報道を見る限り”犯人は逮捕された会社員に間違いないと思います。

READ MORE

「逃走罪」は適用されず 量刑に影響か

今日は,「逃走罪」に関する記事です。 S容疑者は勾留手続きを終える前に逃げ出したため刑法の逃走罪は適用されないが、逃走の事実は裁判で不利に働く可能性が高く、逃走の“代償”は負うことになりそうだ。 S容疑者が逃走した7日午後2時16分の時点で、検察は警 ...

READ MORE

元警部補が証拠捏造…無関係の注射器を自ら調達

こんにちは。東日本大震災から2年と3カ月が過ぎました。しかし,被災地の住居問題,原発問題,雇用問題など,いまだに問題は山積しています。人間が持つ優れた能力の一つは,「忘れること」ですが,震災の記憶や被災地の現状だけは,風化させることなく,いつまでも私 ...

READ MORE

DNA型鑑定

今日は「DNA型鑑定」について考えてみます。 事件解決の鍵を握るDNA型の鑑定が飛躍的に増えていることに対応するため,警察庁が2014年3月までに,約80の試料を同時に自動鑑定できる装置を新たに6県警へ配備することが27日,分かった。警察庁は自動鑑定 ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー