初めて会ったクレプトマニア

司法修習生となって、生まれて初めての取調べは緊張した。この方は50歳位の主婦で、過去に4回ほど万引きで警察のお世話になっていて、微罪処分が3回、直近が不起訴処分だった。被害品はいつもお惣菜やお菓子などで、高くてせいぜい1000円くらいのものだった。財布を持っていない訳ではなく、お金に困っていた訳でもない。
当時はクレプトマニアなんて言葉はなく(あったかもしれませんが)、繰り返す万引きが病気だなんて思いもしなかった。むしろ司法試験受験知識から「常習犯」→犯罪傾向が著しい、という単純な理解だった。因みに今でも検事・裁判官の中にはこの受験知識の呪縛から抜け出せない人がいる。

司法修習生の私による取調べは順調に進み、客観的な外形的行為は全て認めた。ところが、犯意の聴取で完全にスタックしてしまった。動機を聞こうと「そのときどうして万引きしようと思ったのですか?」と尋ねると、「万引きなんてしようと思ってません」ときた。「でも万引きしましたよね」「万引きなんてしてません」「え?お金を払わないでレジを通らずに店の外に出たじゃないですか」「はい」「だからどうしてお金を払わなかったんですか」「覚えてないんです」「覚えてないって、店に入ったのは覚えてるでしょ?店を出たのも覚えてるでしょ?どうしてレジ通らなかったのを覚えてないの?ほら見て防犯カメラにも映ってるでしょう。」「すみません、もう二度としません」「そうじゃなくて。。」
延々とこの繰り返しだった。指導検事は机の向こう側でニヤニヤしている。
結局、動機も犯意も曖昧な調書しか取れず、次席検事の決裁を受けると、「なんじゃこの調書。全然割れてないじゃない。」と言われた。私はああいう被疑者をどうやったら「割れる」のか不思議に思ったが、検事はちゃんと割っているらしい。
もし万引き被疑者の話を素直にそのままを調書にし、「割れない調書」が司法の場にたくさん溢れていたら、万引きにはクレプトマニアという病気の人もいると司法界はもっと早く気づけたんじゃないかと今は思う。

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長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

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