指揮権発動とは

指揮権とは,個々の具体的事件の取り調べや処分に関して,法務大臣が検事総長に対して命令をして従わせる権限をいいます。検察庁法に規定があります。

どうしてこの指揮権というものがあるのかというと,国会の機関には,民主的基盤を有するものと,有しないものがあります。国会議員,あるいはその国会議員で構成される内閣は民主的基盤を有しますが,検察官は別に選挙民に選ばれたわけではありません。民主的基盤のある国会議員などとは違うのです。そこで,この民主的基盤を有しない検察官が,独善的な行動に出ないように,チェックし,牽制するとう制度が指揮権発動です。
法務大臣は,個々の検察官や特捜部長に対してではなく,検事総長に対してのみ指揮できます。総理大臣は検事総長に対して指揮権発動はできませんが,大臣に対する指揮命令権があるので,法務大臣を指揮して,指揮権発動をしろ,とか,するな,ということは指揮できます。

過去には,第5次吉田内閣のときに,造船疑獄が発生し,当時の与党である自由党の幹事長であった佐藤栄作幹事長(後の首相)を逮捕することになって,会期中だったので,逮捕許諾を求めたのですが,犬養法務大臣が指揮権を発動して,国会会期終了まで逮捕をするな,と命じて,事実上逮捕を阻止したことがありました。このときは,結局,逮捕できず任意捜査で捜査を行い,収賄罪で立件できずに政治資金規正法違反で在宅起訴され,のちに恩赦で免訴になった,という出来事があったのです。
これに対して,当時の世論は猛反発し,真相解明ができなかったとして批判が高まり,政権は大打撃を受けました。それ以来,この指揮権発動は一種のタブー視されるようになったのです。

秦野章法相のときにも指揮権発動が話題になりました。秦野法相と当時の伊藤栄樹検事総長がロッキード事件を巡って対立していたのです(秦野法相は田中派でした)。のちに秦野法相が回顧録の中で,「田中角栄元首相がロッキード事件一審で無罪だったら指揮権発動して,控訴をしないように検事総長を指揮するつもりだった。」と述べています。

指揮権発動と言えば,鬼頭判事のニセ電話事件も思い出されます。検事総長を装って三木首相に電話をして指揮権発動を促した,というおかしな事件でした。

今,にわかに指揮権発動が話題になっています。どうしてかというと,一つには,小沢幹事長が検察権力に対して「民主主義の危機である」旨表明して対決姿勢をあらわにしていること,まさに指揮権発動は民主主義原理の一つの制度ですから,行使に道筋をつけるのではないかとささやかれているのです。もうひとつは,佐藤栄作幹事長の逮捕に関して指揮権が発動された当時と状況が似ているからです。当時も政権与党の幹事長の逮捕をめぐって,吉田首相が犬養法相を指示して,犬養法相が指揮権発動しました。今回も政権与党である民主党の幹事長の事件が問題となり,鳩山首相も「闘って下さい。」などとサポートしていますので,当時と状況が似ているのです。ただ,異なる点は,当時は「収賄罪」という重大犯罪が問題となっているのに対し,今回は政治資金規正法違反という形式犯が問題となっている点です。

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