刑事法ローヤーの35年前
恩師渥美東洋先生が亡くなって,しんみりしてしまいました。
古箱をひっくり返し,恩師の思い出を探していたら,昔父に出した手紙を掘り出しました。
消印は1979年8月28日。
今から35年前の「僕」だ。札幌の予備校の寮に入り,大学受験浪人生活をしていたころ,函館の父に出した手紙….
「前略
今日,8月27日は雨です。
予備校は休みで,部屋でコーヒーを飲みながら数学の問題をコツコツ解いています。
先週は,帰省気分が抜けず,はかどりませんでしたが,明日からは気持ちを引き締めてしっかりやろうと思います,
昨日,道コン(全道コンクールという模擬試験)がありました。
国語の問題で,前日,寝る前に読んだ「人間失格」が出題されて,大儲けしました。
英語は優しかったので偏差値は80くらいいくかもしれません。
そう言って喜ばせておいて,さて全日本模試ですが,北大の判定がC判定でした。
偏差値は総合71で,特に英語は81で,そんな判定が出る訳がないのですが。。。
でも,この模試の判定はシビアだと聞いていますし,事実,去年は判定Eでしたので気にしていません。
まったく偏差値や,合否判定ほど,人を馬鹿にしたものはなく,C判定とはけしからん,僕の何を試験してるんだ,くらいに考えています。
ところで,僕は法学部へは行きません。
立身出世主義を捨てました。
僕はお父さんのような指導力がありません。それに交際家でもありません。
出世するためには時と労力ばかりか,自己のパーソナリティをも犠牲にしなければならない現代の管理社会においては,高慢で,強いエゴイストでなければ出世できません。
僕は,自己欺瞞を何よりも嫌うものです。
僕は学問の中に埋もれることによって,束縛の現代社会から浮遊し,「草枕」で言うなら,出世間的な,「それから」で言うなら,高等遊民的な生き方を貫き通したいのです。
拙論「青春私論」へのお父さんの批評の中で,「考え方が狭い」というご指摘がありましたが,その時,自分にエリート意識が芽生えていることに気づきました。
それと同時に,このまま,法学部へ進んで,官界なり,法曹界なりに入って,出世を追い求めた暁には,エゴの塊と化してしまうのでは,という恐れを感じました。
僕は学問が好きです。そして,学究的生活は,自分に一番適していると思います。
英文科へ進むつもりです。シェークスピアか,エリオットか何かを研究して博士号を取ろうと思います。
お身体お大事に。」
。。。。若い。