我が恩師,渥美東洋先生

渥美東洋先生がご逝去された。
唯一,僕の恩師といえる先生である。

僕は中央大学法学部,渥美東洋先生の刑事訴訟法ゼミ21期生である。
とにかく中央大学で一番入るのが難しいゼミで,かつ,司法試験合格率がとても高いゼミだった。
渥美東洋先生の刑事訴訟法ゼミには入ゼミ試験があり,5倍ほどのの競争率で,合格発表は成績順に行うということで有名だった。
2年生の夏に,当時,出版されたばかりであった佐藤幸治京大教授の「憲法」で,ゼミ試験科目の憲法を猛勉強した。
秋の入ゼミ試験では,「事件性の要件」という憲法訴訟の難しい問題が出題されたが,何とか書きまくった。
法学部事務室の掲示板で5番の成績で合格しているのを確認し,こうして,渥美先生の門下生としての生活が始まった。

ゼミのクラスは約20名くらい。
法学部棟6号館のゼミ用の教室に渥美先生を囲むようにしてゼミ生が席についた。初顔合わせである。
その中にNICDの同志,小島千早弁護士もいた。
3年生のクラスでは「逮捕勾留」,「被疑者取調べ」といった刑事訴訟法の各テーマごとに発表担当者が割り当てられ,僕は,「無罪推定の原則」を担当することになった。
夏には春日山荘という小諸にある大学施設で集中ゼミを行った。
夜の宴会を伴う楽しい思い出である。

週1回のゼミと大教室での講義で学び,その中で教わったことは,刑事訴訟法に留まらず,法制史,宗教,米国観,文化論,人類学など数知れず,紙面に尽くせない。
もっとも強く影響を受けたのは,社会をジョン・ロックのように社会契約論で考え,その中で個人の自由や権利,プライバシーを最大化し,一方で犯罪から市民生活を守るための法執行のあり方はどうあるべきかという実践学であった。
その意味で,渥美先生の教えは,刑事弁護士志望者にも,検事志望者にも魅力的なものであった。
渥美先生はイェール大学ロースクールの留学経験があったので,アメリカのロースクールの話を度々され,憧れを抱き,自分もいつか留学したいと思った。
結局,渥美ゼミの同期では約半分が司法試験に合格した。

それにしても,渥美先生の顔を見るたびに「自分には勉強が足りない」と自覚させられた。
到底,追い越すことの出来ない巨人でもあった。
しかし,「経学無憂」(けいがくむゆう,学問をしていれば憂いなど無い)という先生の言葉には,勇気づけられ,司法試験浪人時代だけではなく,今でも僕の座右の銘となっている。

大学卒業後も渥美先生との交わりは深い。
修習生のときには湯島の司法研修所で渥美先生の特別講演を聞いた。
検事になって結婚したが,そのときの主賓が渥美先生。祝辞らしからぬ,講義のような長い祝辞であった。
弁護士になってから,上告事件で法律意見書を書いて頂いた。
また,コロンビア大学ロースクール留学の際には推薦状も書いて頂いた。
そして,去年の夏。
NICDが開催した刑事法ローヤー・サマープログラムにおいて,渥美東洋先生に特別講演をして頂き,100人を超えるロースクール生等を魅了した。
先生は,「皆さんは近く法曹となられますが,1人1人が最高裁判事のcandidateだという自覚で研鑽して頂きたい。」と仰った。
来年も再来年も,NICDの刑事法ローヤー講座に特別講師として出てください,という僕のお願いに,先生は大きく頷いて「いいですよ。」と仰った。
しかし,渥美先生はその約束を破ってしまった。
まだまだ教わることがあった。
NICDは渥美先生の思想的支柱をもっているから,もう少しNICDを見守って欲しかった。

最後に,渥美東洋ゼミ,最終日における渥美先生の我々学生へ贈った言葉を紹介する。

「皆さんはこれから法律家のみならず様々な立場でコミュニティ,共同社会に入っていきますね。
その社会の中で個人の力を精一杯発揮して社会に貢献していくということは大切であるけど難しいことでもあります。
社会の役に立っているのだろうか,一生,社会貢献できる日など来ないのではないだろうか,色々と思い悩むことがあるかもしれません。
しかし,どんな人にも,生涯には必ず1度は,社会が自分を必要とする瞬間があり,舞台があります。
その瞬間が訪れたときに,自分を必要としている社会に対し,その期待にきちんと応えることが大切なのです。
その瞬間に社会の期待に応えられない,などということは絶対にあってはならないのです。
その瞬間に最大の力を発揮し,社会の期待に応えるために,今があります。訓練の場としての今があるのです。
無名で平凡な日々にあっても,しっかり勉強し,実力をつけ,苦しいことにも耐え得る力を身につけ,その瞬間に備えるのです。
もっとも,その「瞬間」は永遠に訪れず,自分の出番なく人生を終える人がいるかもしれません。
しかし,結果としてその「瞬間」が終生訪れなくても,その「瞬間」に備えて日々努力すること,その「瞬間」が来たら社会の期待に必ず応えるよう,日々鍛錬し,努力を積み重ねること。
そうした生き方こそが尊いのです。」

先生,ご冥福をお祈りいたします。

H26.2.16 中村

「司法制度」に関連する記事

北大生らのイスラム国参加計画で警視庁が家宅捜索

今日は,「私戦予備及び陰謀罪」に関する記事です。 イスラム過激派組織「イスラム国」に参加するためにシリアに渡航しようとしたとして,警視庁公安部が北海道大学の学生の関係先などを捜索した事件です。この学生は,東京都内の古書店でシリア行きの求人広告を見て, ...

READ MORE

裁判員の心理的ケア

福島地裁郡山支部で裁判員として強盗殺人罪を審理後,「急性ストレス障害(ASD)」と診断された60代女性が,慰謝料などを求めた国家賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が24日,福島地裁で開かれる。女性は「このような苦しみを味わうのは私で最後にしてほしい」との思 ...

READ MORE

押尾学裁判

押尾学被告人の裁判が佳境を迎えつつあります。 報道を見る限りでの感想ですが,次のようなことが言えます。 ① 検察官は押尾被告人の事後的な偽装工作からその証言の信用性を弾劾していますが,裁判官・裁判員にかなり効果的だと思います。そこから伺われる保身と無 ...

READ MORE

尖閣諸島沖事件の顛末

東京地検は,尖閣諸島沖の中国漁船衝突をめぐる映像流出事件で、警視庁から書類送致を受けて国家公務員法の守秘義務違反容疑で捜査していた神戸海上保安部の元海上保安官起訴猶予処分とし,さらに,那覇地検も、この衝突事件で公務執行妨害容疑で逮捕され、のちに処分保 ...

READ MORE

発砲警察官に殺人罪は成立するか

報道によると,奈良県警の警察官が逃走車両に発砲し、助手席の男性が死亡し特別公務員暴行陵虐致死罪などで起訴されていた(付審判請求事案)事件で,訴因変更により殺人罪も審理することになったようです。裁判員裁判です。 窃盗事件で逃走した車両が、警察車両に挟ま ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー