裁判員の心理的ケア

福島地裁郡山支部で裁判員として強盗殺人罪を審理後,「急性ストレス障害(ASD)」と診断された60代女性が,慰謝料などを求めた国家賠償請求訴訟の第1回口頭弁論が24日,福島地裁で開かれる。女性は「このような苦しみを味わうのは私で最後にしてほしい」との思いを込め,出廷して陳述書を自ら読み上げる。

陳述書は夫と2人で作ったA4判7枚分。現在も証拠調べで見た遺体の写真がフラッシュバックするほか,包丁で刺された家族が横たわっている夢を見て十分に睡眠できない様子がつづられている。日中も外で遊ぶ子どもの甲高い声が,被害者の叫び声に聞こえる幻聴に襲われるという。

陳述書は音読すると10分以上かかる。読む練習をするたびに当時の様子がよみがえり,吐き気に襲われることもある。法廷でフラッシュバックする恐れから代理人が読み上げることも検討したが,女性は「この苦痛を理解してもらいたい」と自ら朗読することを決意した。

「ASDになって平穏な生活が奪われ,仕事も失った。よく分からないまま死刑判決に関与してしまった罪の意識にもさいなまれている」。今年3月の裁判員裁判に参加して約半年。女性は再び法廷に臨んで切実な思いを語りかける(2013年9月23日21時30分 毎日新聞)。

報道によると,原告女性は,裁判員制度が,苦役からの自由を保障した憲法18条や,個人の尊厳を保障する憲法13条,職業選択の自由を保障する憲法22条に反する等の主張をしているそうです。
この記事を読んで,英米と日本の感覚の違いを強く感じました。
裁判員制度は,職業裁判官が下した判決が,市民感覚と乖離していることから,司法権の行使に国民を参加させることで,市民感覚とのズレをなくそうという趣旨でスタートしました。市民が司法に参加する制度の典型は,英米の陪審制度です。陪審制度の歴史はその起源は9世紀とも11世紀とも言われています。もともとは,裁判官が地方を回って裁判をする,巡回裁判制度の中で,各地方で犯罪者を告発するためには12人の証人が必要であったという慣習が始まりでした。それが,証人という立場から審判員という立場に変化していくのですが,その背景に,国王による不当な逮捕権行使や暗黒裁判から市民の人身の自由を守るという思想がありました。つまり,市民が市民を守るための制度,それが陪審制度なのです。そこで,刑事手続に巻き込まれた市民は,陪審裁判を受ける「権利」をもつことになり,憲法上の「裁判を受ける権利」はまさに「陪審裁判を受ける権利」なのです。これが英米の歴史と思想です。
ですから,英米では今回のような訴訟は起きようがありません。英米の市民は陪審員となる義務は,まさに市民の基本的義務と誰もが認識していて,制度上も拒否事由が極めて限られています。殺害現場写真などは,OJシンプソン裁判でもそうだったように,生の凄惨な写真が証拠調べされ,陪審員は当然それを目にし吟味します。陪審員は崇高な義務感として裁判にかかわり,被告人は自己の権利として陪審裁判を求めているのです。

ところが,日本では,昔から裁判は「お上がやるもの」でした。「裁判沙汰」を避ける国民性もあります。そのような国民性のある中で裁判員裁判制度を「上から」導入したものですから,どうしても市民には「義務感」が付き纏います。裁判員に課せられる「守秘義務」も,そうした義務感に拍車をかけています(アメリカでは守秘義務はありません)。被告人には特に裁判員裁判を求める権利はありません。いかなる事件で裁判員裁判となるかは,予め法律で決まっているのです。

裁判所も,裁判員に選任された市民への,ある種の「申し訳なさ」から,裁判員に対し非常に気を使っています。たとえば,裁判員法16条がかなり広い辞退事由を設けていますし,また,裁判員裁判にはどうしても参加したくないという明確な拒絶意思を有している人は,たとえ辞退事由に該当しなくても,裁判員には選定しないという運用を裁判所は行っています。
そこまでならまだ許せるのですが,深刻な弊害も生じています。それは,公判前整理手続において,裁判官が,裁判員の負担を気遣って,出来る限り公判を短期間で終わらせようと,証拠整理に当たって,どんどん証拠を事実上排除していくことがあるのです。特に,弁護側の請求証拠の多くは「必要性なし」として採用されないことがあります。無罪を争っている事件においてでもです。無実を主張している被告人の権利よりも,裁判員に対する気遣い,申し訳なさを優先しているのです。
こうなっては,市民を守るどころか,無辜の市民を苦しめる暗黒裁判につながりかねません。
何故,裁判員裁判という制度が必要なのか,本当に必要なのかについて,今一度,国民一人ひとりが考えてみる必要があると思います。運用さえうまくいけば,刑事裁判における公正確保に資する制度であるからなおさらです。

更に詳しく知りたい方は「裁判員裁判の手続きを教えて下さい」をお読みください。

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