我が国の刑事裁判は今なお絶望的である

私が中央大学を卒業した頃であっただろうか、今から40年ほど前、当時の刑事法の大家であった平野龍一先生が、「我が国の刑事裁判は絶対的である。」という言葉を残された。血気盛んなその頃の私は、師匠である渥美東洋先生の教えもあって、「そんなことはない。刑事司法過程を通じて人権を保障しつつ真実を発見することは可能だし、そうでなければアメリカ法を継受した戦後日本の刑事司法に未来はない。」と思った。そのいわば革命的な理想主義に燃えて司法試験を突破し、検察官となり、刑事事件専門の弁護士へと転身して今まで全霊を注いで不正義と闘ってきたつもりである。
その過程で心を通じ合える敬愛すべき検察官、裁判官に出会ったこともあった。正義と真実に則った不起訴処分や無罪判決を何度も勝ち取り、後進の弁護士も育ててきた。教え子の中には検察官や裁判官に任官した者も少なくない。
ところが、今回、東京地裁で目にし耳にした判決宣告は、私の法律家人生を根底から全て覆すものであった。この真実とは程遠く、近代的合理主義、科学主義に反する前近代的、中世魔女裁判的な不正義、不条理な判決は、それが裁判官という人間の口から発せられたこと自体が信じられない内容であった。
記録の字面をなぞり、科学を知りもせず、検証請求すら却下し、あかたも裁判官が万能の神であるかのように、つまり科学を完璧に知っているかのような、知ったかぶりの偽善者の仮面は、平野龍一先生が40年前に目にしていたものと同じに違いない。
刑事司法の絶望さに、この歳になって直面して、もう刑事弁護士は辞めようと思ったとしても、平野先生や渥美先生に叱られることはないと思う。もう十分やった。

「刑事司法」に関連する記事

少年事件の刑の厳罰化に思う

今日は少年に対する刑罰についての話です。 茨城県稲敷市の利根川河川敷で昨年9月,同市光葉,無職湯原智明さん(当時20歳)を集団暴行で死亡させたとの傷害致死罪などに問われた同市の無職少年(18)の裁判員裁判で,水戸地裁は27日,懲役5年以上8年以下(求 ...

READ MORE

法廷で無断録音,ネットで公開

今日は「裁判の公開」について考えてみましょう。 威力業務妨害事件をめぐる大阪地裁の法廷でのやり取りが無断録音され,動画サイト「ユーチューブ」で半年以上にわたり公開されていることがわかった。録音を原則禁じた裁判所法に触れる疑いがあり,地裁は削除を求める ...

READ MORE

米原タンク殺人事件報道に思う

米原で会社員の若い女性が何者かに襲われ、汚泥タンクに投げ込まれて殺害された事件で、容疑者として会社員が逮捕されました。もちろん、殺人ですから、裁判員制度の対象事件です。 私は”報道を見る限り”犯人は逮捕された会社員に間違いないと思います。

READ MORE

ネットなりすまし痴漢事件

今日は「インターネット掲示板でのなりすまし事件」について考えてみます。 女性になりすましインターネットの掲示板で痴漢を呼び掛けたとして,和歌山区検は29日,大阪国税局海南税務署員,I容疑者を県迷惑防止条例違反(卑わいな行為)で略式起訴した。和歌山簡裁 ...

READ MORE

取り調べ可視化、全事件で実施を 民間5委員が意見書

今日は,「取り調べの可視化」に関する記事です。 刑事司法の見直しを検討している法制審議会(法相の諮問機関)特別部会の7日の会合で、民間委員6人のうち5人が、試行段階にある取り調べの録音・録画(可視化)に関し、対象を原則として全事件に広げることを求める ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー