朝青龍を事情聴取か,警視庁

朝青龍が一般人に暴行を加えたとしてどうやら警視庁が本人事情聴取に動くようです。
一方で,まだ被害届は出ていないようで,示談が成立したとの報道すらあります。
しかし,警視庁は,「社会的影響を考慮して」被害届の有無,示談の成立の有無にかかわらず,本人事情聴取をするようです。
警察って,被害届も出ていないのに,本人から事情聴取するなんてことあるの?
警視庁は,朝青龍が有名人で,今回の暴行も悪質だとして,重大事案と考えて,一般人と異なった扱いをして朝青龍を厳罰に処すつもり?

前にもこのブログで書きましたが,警察が捜査を開始するきっかけのことを「捜査の端緒」と言います。
捜査の端緒には,告訴告発,被害届,自首,検視,職務質問などがありますが,「通報」も捜査の端緒です。
たとえば,110番通報で警察が犯罪を認知すれば,現場に臨場するなど捜査を開始します。この時点ではもちろん,被害届は提出されていません。つまり,被害届は捜査の開始条件ではないのです。

朝青龍の事件でも,被害者の男性が1月16日に交通事件処理をしていた麻布署員に暴行被害を申告しています。つまり,この時点で「通報」があったのであり,警察官は事件を認知しました。
ですから,被害届が出ていなくても,捜査を開始できます。

では,こんな例ではどうでしょう?
顔が腫れたサラリーマン風の男が警察署に相談に来ました。「上司に昨日殴られた。絶対訴えてやる。」などと言っています。そこで,事情を聴いてみたのですが,聴いているうちに,その男の気が変わり,「やっぱり被害届を出すのを止めます。自分も会社を首になるかもしれないし。ですから上司には警察から連絡しないで下さい。」と。

この場合,おそらく警察官は,その男に本当に被害届提出の意思がないことを確認し,その旨の上申書などを念のために提出させた上で,帰ってもらい,特に加害者とされた上司に連絡などせずに,報告文書に経過をまとめるだけで済ませるかもしれません。

結局,こういうことです。
事件が起きたら早く証拠保全しなければなりません。
証拠が散逸しないうちに保全を図り,関係者の記憶が薄れないうちに事情聴取をしなければなりません。
一方で,上記の会社内のトラブルの例や,家族間の喧嘩で相談に来た例や,非常に軽微な犯罪の例において,将来,被害届が出されて事件として立件される可能性の低いものまで,すべて一から十まで必要な捜査を貫徹するのは捜査経済に反します。
将来,被害届の正式提出などによって正式に事件化されるか否かの見極めが大事なのです。

そういう意味では,今回の朝青龍のように,有名人が加害者の場合の事件は注意が必要です。
というのは,有名人が加害者の場合,事件当初は「謝れば赦す。被害届を出さない。」としていた被害者が,一年後になって,「やっぱり赦せない。」とか,「示談金が足りなかった」などと言って,被害届を改めて出したり,告訴してくるケースが散見されるからです。その動機は,有名人だからお金がもっと取れるはずだ,というものであったり,自分に謝りもしないでテレビで脚光を浴びているのが気に入らない,というものであったり様々なものがあり得ます。
有名人が加害者だと,後々,新たな展開に発展することもありうるのです。
そのような場合に,警察が,
「前に被害届を出さないって言ったから捜査していない。」
「示談できたというので,それ以上捜査していない。」
「朝青龍からも事情を聴いていない。もうモンゴルに帰っちゃったから事情は聞けない。」
などということになると,やはり,捜査が杜撰だとか,有名人だから見逃したなどといった批判を受ける可能性が大きいのです。

ですから,このような有名人の場合には,そのようなことがないように,被害届が出ていなくても事件を認知している以上,本人事情聴取も含めて捜査を進めて事実関係を明らかにしておこうという動きになるのです。

つまり,警視庁は今回の傷害事件が「重大犯罪である」と考えて動き出しているのではなく,また,「朝青龍がけしからん」と思って本人事情聴取を考えているわけでもなく,もちろん,「逮捕しよう」と思っているわけでもなく,ただ単に,後になって禍根を残すようなことにならないように,事実関係をきちんと保全しておこうという考えで動いているのです。

その意味で,警視庁が言っている「社会的影響を考慮して」ということの意味は,
有名人なので報道が大きくなる可能性がある,
有名人なので社会的関心が高まる可能性がある,
有名人なので長く引きずる可能性がある,
有名人なので事件報道が蒸し返される可能性がある,
ことなどを考慮して,
事件発生の早期の時点で,関係者から事情聴取をきちんと行い,証拠保全をしておく,というニュアンスと思われます。

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長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

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