低額すぎる刑事補償と裁判所の厳格な証拠評価

今日はある窃盗事件の無罪判決の話です。

長野県塩尻市のコインランドリーで昨年2月,女性の下着を盗んだとして窃盗罪に問われた男性(39)の無罪確定に関連し,刑事補償法に基づき,拘束日数に応じた補償金166万2500円が24日,男性に支払われた。

補償の対象期間は,男性が長野県警塩尻署に逮捕された昨年11月7日から,無罪判決が言い渡された今年3月19日までの133日間。男性は無罪判決が確定した翌日の4月4日,1日あたり1万2500円の上限額で補償を請求していた。

男性は「お金が支払われたとはいえ,県警や検察からの謝罪がないことには全く納得できない」と話した。今月上旬,松本市で接客業の仕事に就いたという。

無罪確定を巡っては,県警が現在,捜査全体の検証を進めており,結果について先月26日,「県公安委員会に報告のうえ,公表できるものはする」という方針を明らかにしている。塩尻署の捜査員は,犯人とされる人物が映った防犯カメラの映像をディスクに記録したが,男性の逮捕前にコインランドリーの経営会社に返却。その後,ディスクは廃棄され,男性の公判には,この映像を写した写真が証拠として提出された。

捜査員は公判で,当時の上司の指示でディスクを返却したと証言しており,県警は捜査員らから事情を聞き,返却の経緯や理由についても調査している。

捜査員は「防犯カメラの映像と,デジタルカメラで撮影した映像に差異はなかった」と主張したが,地裁松本支部は,「(デジカメで撮影した)画像によって,人物の同一性を確定することは不可能であり,およそ,犯人性を示す根拠となり得ない画像」として,男性に無罪を言い渡していた(2013年5月25日16時59分 読売新聞)。

133日間の身体拘束を受けて,166万2500円。この金額を見て,皆さんはどう思われるでしょうか。多くの方は,「こんな少ない額しかもらえないの?」と思うのではないでしょうか。しかし,この金額は刑事補償法第4条第1項で定められている上限の金額であり,これ以上多くもらおうと思えば,別途,警察(都道府県)や検察(国)相手に損害賠償訴訟を起こさないといけないのです。それも勝てる見込みはほとんどありません。無実の罪で逮捕され,勾留されて,たったこれだけの金銭しかもらえないのでは,多くの人が納得いかないのではないでしょうか。

ただ,今回の事件の被告人は結果的に無罪を勝ち取れたので,その点については大変良かったと思います。現在の刑事裁判ではなかなか無罪判決はお目にかかれず,特に無罪判決で確定となるとなおさらです。今回,裁判所は,犯人とされる人物が映った防犯カメラの映像が廃棄され,それを二次的に複写したデジカメ画像しかないこと及びそのデジカメ画像が人物の同一性を確定するほどのものではなかったことから,被告人が犯人ではないとして無罪判決を下しました。裁判所が検察の提出する証拠を厳格に評価した形ですが,これからも裁判所にはこのような公正な法の番人としてのスタンスを忘れないでほしいものです。

「刑事司法」に関連する記事

捜査機関による違法な取調べ

今日は取調べについての話です。 佐賀県弁護士会所属の男性弁護士が28日,佐賀市内で記者会見し,国選弁護人として担当している男性被告について,「佐賀地検の検事が取り調べ中,被告にカッターナイフの刃先を向けた映像が取り調べの録画記録に残されている」などと ...

READ MORE

医療過誤と刑事責任

神奈川県立がんセンター(横浜市旭区)で2008年,乳がん手術を受けた40代の女性患者に医療ミスで脳障害などを負わせたとして,業務上過失傷害罪に問われた当時の麻酔科医の男性被告(44)に,横浜地裁は17日,無罪判決(求刑罰金50万円)を言い渡した。 判 ...

READ MORE

「逃走罪」は適用されず 量刑に影響か

今日は,「逃走罪」に関する記事です。 S容疑者は勾留手続きを終える前に逃げ出したため刑法の逃走罪は適用されないが、逃走の事実は裁判で不利に働く可能性が高く、逃走の“代償”は負うことになりそうだ。 S容疑者が逃走した7日午後2時16分の時点で、検察は警 ...

READ MORE

米原タンク殺人事件報道に思う

米原で会社員の若い女性が何者かに襲われ、汚泥タンクに投げ込まれて殺害された事件で、容疑者として会社員が逮捕されました。もちろん、殺人ですから、裁判員制度の対象事件です。 私は”報道を見る限り”犯人は逮捕された会社員に間違いないと思います。

READ MORE

強制起訴の社長,二審も無罪判決 詐欺事件で那覇支部

こんにちは。今日も雨がしとしとと降っています。雨の降る日は交通事故が多いなどと言いますが,その原因としてすぐに思いつくのは,路面が滑るからですよね。最近では自転車が車道を走ることも多いですが,クロスバイクやロードバイクは特に車輪が細くて滑りやすいです ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー