被害者参加制度と裁判員裁判

こんにちは。気象庁が関東地方の梅雨入りを発表してからはや一週間。雨が全く降らないですね。予想外の青空と春風に,思わず気分も軽くなってしまいますが,ここまで晴天が続くと,今度は夏の水不足が心配になります。晴天が好きなはずなのに,晴天が続くと「梅雨らしい天気」を求めてしまう。それぞれの季節に「らしさ」を求めてしまうのも,日本人に独特な感情なのかもしれませんね。

さて,今日は千葉大生殺害事件の控訴審についてです。

千葉県松戸市で2009年10月,千葉大4年の荻野友花里さん(当時21歳)を殺害したとして強盗殺人罪などに問われ,1審・千葉地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けた無職竪山辰美被告(52)の控訴審第1回公判が4日,東京高裁(村瀬均裁判長)であり,弁護側は刑の軽減を,検察側は控訴棄却をそれぞれ求めて結審した。

判決は10月8日。

弁護側は「1人殺害での死刑判決は重すぎて不当だ」などと述べ,死刑回避を求めた。一方,元女子大生の両親が被害者参加制度により出廷。「被告には命をもって償わせる以外にない」などとする両親の意見陳述書を裁判官が読み上げた。

11年の1審判決は,竪山被告が09年の刑務所出所後,3か月足らずで強盗傷害などの事件を繰り返した点を重視。「反社会性は顕著で根深く,1人殺害でも死刑が相当」と判断している(2013年6月4日20時41分 読売新聞)。

今回の事件では,被害者の元女子大生のご両親が「被害者参加制度」を利用して,公判期日に出席しました。被害者参加制度,皆さんはご存知でしょうか。これは,一定の事件の被害者や遺族等の方々が,刑事裁判に参加して,公判期日に出席したり,被告人質問を行ったりすることができる制度です。具体的にいうと,被害者参加人が行えるのは,①法廷での在廷,②検察官に対して,一定の職務権限を行使したこと及び行使しなかったことに対する意見を述べること及び検察官に説明義務を果たさせること,③情状証人に対する証人尋問(但し,情状に関する事項に限る),④被告人に対する質問(意見陳述を行うのに必要な範囲に限られる),⑤弁論としての意見陳述(従前の犯罪被害者としての意見陳述とは別のもの)であり,これと並行して,従前の意見陳述を行うこともできます。

刑事訴訟法は当事者主義を原則とするため,検察官と加害者(弁護人)との間で訴訟手続きが進行します。この原則の下では,犯罪被害者は訴訟の「当事者」ではなく,いわば「証拠」としての取扱いしか受けられないことになります。被害者や遺族の方々の感情からすれば,自分達こそが事件の当事者であり,当事者として訴訟に参加する地位が認められないのはおかしいと感じるでしょう。こうした犯罪被害者の感情に配慮して,被害者の権利保護を図るために犯罪被害者参加制度が設けられました。

一方で,裁判員裁判の場合,被害者感情を過剰に評価した厳罰化が進む危険性が高いのではないか,との危惧も確かにあります。

刑罰が「復讐」から「公正中立な裁判」へと進化していったのがまさに近代史です。被害者感情を過度に量刑に反映させるとまた裁判は中世の「復讐」に逆戻りしてしまいます。被害者の権利を確立し,かつ,裁判を「復讐」に逆戻りさせない,というバランスが必要に思います。

ところで,犯罪被害者の権利確立に大きな足跡を残した学者は,大谷実教授(同志社大学総長)です。大谷先生は,若いころ,被害者学の先進国イギリスに留学し,犯罪被害者の権利について研究されました。帰国後,刑法学会で犯罪被害者補償制度を報告したところ,当時の団藤重光教授に「被害者問題を取り上げるのは10年早い」と言われたそうです(「我が人生,学問そして同志社」大谷実,成文堂)。それでも大谷先生は研究を続け,今日の犯罪被害者制度の確立に大きく貢献されました。

団藤先生が「10年早い」とおっしゃったのは,当時は,被疑者・被告人の権利の確立が十分になされていなかったので,まずそちらの問題が先決だと考えたからでしょう。しかし,今,素人市民が参加する裁判員裁判が導入され,それとまさに並行して犯罪被害者の権利に関する諸制度が確立されたとき,再び団藤先生の懸念が現実のものとなるかもしれません。

「刑事司法」に関連する記事

オウム3死刑囚を証人尋問へ…平田被告の公判で

今日は「オウム事件」の話です。 オウム真理教の目黒公証役場事務長拉致事件などで起訴された元教団幹部・平田信まこと被告(48)の公判前整理手続きが17日,東京地裁であり,斉藤啓昭ひろあき裁判長は,井上嘉浩死刑囚(43)ら元教団幹部の死刑囚3人の証人尋問 ...

READ MORE

取り調べ可視化、全事件で実施を 民間5委員が意見書

今日は,「取り調べの可視化」に関する記事です。 刑事司法の見直しを検討している法制審議会(法相の諮問機関)特別部会の7日の会合で、民間委員6人のうち5人が、試行段階にある取り調べの録音・録画(可視化)に関し、対象を原則として全事件に広げることを求める ...

READ MORE

捜査機関による違法な取調べ

今日は取調べについての話です。 佐賀県弁護士会所属の男性弁護士が28日,佐賀市内で記者会見し,国選弁護人として担当している男性被告について,「佐賀地検の検事が取り調べ中,被告にカッターナイフの刃先を向けた映像が取り調べの録画記録に残されている」などと ...

READ MORE

低額すぎる刑事補償と裁判所の厳格な証拠評価

今日はある窃盗事件の無罪判決の話です。 長野県塩尻市のコインランドリーで昨年2月,女性の下着を盗んだとして窃盗罪に問われた男性(39)の無罪確定に関連し,刑事補償法に基づき,拘束日数に応じた補償金166万2500円が24日,男性に支払われた。 補償の ...

READ MORE

国際指名手配について

今日は,「国際指名手配」について書きます。 国民健康保険の海外療養費をだまし取ったとして,警視庁は25日,東京都世田谷区弦巻,バングラデシュ国籍の調理師アミン・ショリフ被告(45)(詐欺未遂罪などで起訴)を詐欺容疑で逮捕した。 同庁は,同じ手口で海外 ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー