熱中症で無罪!「心神喪失」って,どういうこと?

刑事責任能力の認定について珍しい判断が下されました。

神戸市中央区の公園で2012年9月,通りかかった男性2人を殴るなどして重軽傷を負わせたとして,傷害罪に問われた香川県丸亀市の男性会社員(31)の判決が28日,神戸地裁であった。

片田真志裁判官は「会社員は犯行時,熱中症による急性錯乱状態で,心神喪失だった可能性がある」として無罪を言い渡した。弁護側によると,熱中症を理由に刑事責任能力を否定した判決は異例という。

判決によると,会社員は同月9日夜,神戸発香川行きのフェリーに乗り遅れ,野宿していたところ,かばんを盗まれたため,神戸市内を2日間にわたって徘徊。同月11日午後6時頃,散歩中の無職男性(80)を殴り倒した後,顔を踏みつけるなどし,高次脳機能障害の後遺症が残る重傷を負わせ,通行中の40歳代の男性の顔も殴り,軽いけがをさせたとして起訴された。

会社員は2人と面識がなく,目撃者には「殴りかかられたので倒した」と説明し,兵庫県警の調べには「なぜ襲ったのかわからない」などと供述していた。

地裁が職権で実施した精神鑑定では,会社員は2日間,睡眠や食事をとらず,犯行当日の気温が28度,湿度が60~80%だったことから,「熱中症により,意識混濁や被害妄想などの意識障害が生じていた」との見解を示していた(2013年5月29日10時46分 読売新聞)。

「心神喪失」という言葉を皆さんはご存知でしょうか。この言葉は,一般の方には聞きなれないものかと思います。判例においては,「心神喪失」とは,精神の障害により事物の理非善悪を弁別する能力またはその弁識に従って行動する能力のない状態であるとなっています。分かりやすく言えば,犯人が何らかの精神障害によってやってはいけないことを判断できなくなるか,もしくはやってはいけないことが何かは理解していても,その基準に従って行動できなくなっている状態を「心神喪失」というのです。犯人がこの「心神喪失」になっている場合には,刑法第39条第1項によって,犯人の行為を罰しないと規定されています。

今回の被告人は,熱中症により意識が混濁するなどしていたことから,裁判所は犯行を行った時点で,被告人には精神障害があったと判定し,傷害という罪を犯したことに対する非難まではできないと判断したのでしょう。熱中症は皆さんもご承知の通り,人間を死に至らしめる可能性がある症状です。被告人が,その死の一歩手前の状況にあったのならば,自分のしていることを理解できなくなったり,やってはいけないことを判断する能力がなくなっていたりした可能性はあります。

ただ,被害者の方からすると,犯人が熱中症だったから無罪という理屈は,容易には納得できないのではないでしょうか。いずれにしても,「熱中症」という特定の病名が問題なのではなく,当時の被告人の精神状態が問題なのですから,熱中症イコール無罪という単純図式にはなりません。   

「刑事司法」に関連する記事

一昔前の陪審裁判

いよいよ5月21日に始まる裁判員制度ですが、実は、国民が刑事裁判に参加するのはこれが初めてではありません。大正デモクラシーの影響を受けて、大正12年4月18日に公布された陪審法に基づく陪審裁判がそれです。 現行の裁判員制度に対する国民の評判は必ずしも ...

READ MORE

略式起訴不相当の判断の狙い

【警部補公判,地裁へ移送】―暴言事件,大阪簡裁が決定 大阪府警東署の警部補,T被告が任意で取り調べた男性に暴言を吐き自白を強要したとされる事件で,大阪簡裁は20日までに,事件を大阪地裁に移送して公判を開くことを決定した。【平成22年1月21日付/日本 ...

READ MORE

取り調べ可視化、全事件で実施を 民間5委員が意見書

今日は,「取り調べの可視化」に関する記事です。 刑事司法の見直しを検討している法制審議会(法相の諮問機関)特別部会の7日の会合で、民間委員6人のうち5人が、試行段階にある取り調べの録音・録画(可視化)に関し、対象を原則として全事件に広げることを求める ...

READ MORE

ネットなりすまし痴漢事件

今日は「インターネット掲示板でのなりすまし事件」について考えてみます。 女性になりすましインターネットの掲示板で痴漢を呼び掛けたとして,和歌山区検は29日,大阪国税局海南税務署員,I容疑者を県迷惑防止条例違反(卑わいな行為)で略式起訴した。和歌山簡裁 ...

READ MORE

刑罰と最新科学

【性犯罪前歴者にGPS】― 携帯義務付け 宮城県が条例検討 宮城県は22日,性犯罪の前歴者やドメスティックバイオレンス(DV)の加害者に対して,行動を警察が監視できるように全地球測位システム(GPS)の常時携帯を義務付ける条例設定の検討に入ったことを ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー