検察の国策捜査か

西松建設の献金問題に絡み、小沢一郎民主党党首の公設第一秘書が政治資金規正法違反で逮捕され、昨日、同法違反で起訴されました。まさに、いつ解散総選挙が行われてもおかしくないこの時期に、しかも、次期総理大臣の可能性の高い政治家の秘書を逮捕したことで、民主党執行部を中心に、「陰謀だ。」、「微罪での検挙は国家権力の濫用だ。」、「政治的影響力があまりにも大きく国策捜査だ。」などといった批判が渦巻いています。また大衆紙も立件が政治資金規正法違反だけで終わったことを受けて、「検察の大失態」などとセンセーショナルに報じています。

果たしてそうでしょうか?実際に特捜部に身をおいたことのある身としては、「陰謀説」などあり得ないのはよく分かっています。検察は、内閣、国会、政党といった政治部門の意向で捜査をすることはありません。それでは、政治的影響の大きいこの時期に微罪での逮捕、立件は国家権力の濫用であるとの批判はどうでしょう。これも当たりません。検察としては、3月末に違法献金額の約半分が時効にかかること、そして、任意で事情を聞いていた秘書が自殺を図るおそれがあったことから逮捕したまでであって、これは検察権行使のあり方としては至極全うな姿であると思います。

政治的影響を与えないように、時効にかかるのを黙ってみていれば良かったのでしょうか?秘書の自殺のおそれをそのまま放置し、自殺させてしまえば良かったのでしょうか?このようなスタンスは、実は、政治的影響を与えないように配慮しているように見えて、実際には大きな政治的影響をもつ結果となることを容認しているのです。もし、捜査というものが、例えば、解散総選挙が近いとか、捜査対象者が次期総理大臣の可能性の高い者であるなどといった事情に影響され、これらの事情に配慮して行われるならば、これこそ「国策捜査」ではないでしょうか。結局、「見える影響」か「見えざる影響か」という違いに過ぎないのです。国家権力の行使のあり方としては、国民の監視の行き届かない「見えざる影響力」の行使の方をより警戒すべきです。

検察OBのある識者は、政治的影響が大きい割には、対象犯罪が微罪であることを問題にして検察を批判し、加えて、政治的影響に配慮して本件の裁判は遅くても7月には判決となるように配慮すべきであると主張しているようです。しかし、解散の可能性や総選挙の可能性に影響されて捜査着手時期が制限されるなら、現行法上認められている不逮捕特権等の議員特権をさらに拡大させる結果になりますが、それが正しいあり方なのか、という議論が必要になりましょうし、当然、時効中断の議論もしなければなりません。

このように、政治的影響に配慮するといっても、実は問題はそう単純ではないのです。そもそも特捜部が政界にメスを入れる機関である以上、政治的影響力をゼロにするのは不可能です。そうしたときに、国家権力の行使はいかにあるべきかについて、問題を原理的に考えることが大切になってきます。「時効にかかる前にきちんと捜査を遂げ立件する」、「関係者に自殺のおそれがある者がいれば、身柄拘束によってそれを防止し証拠を保全して真実を解明する」、「捜査の結果、証拠が整えば起訴をする。」という、法と証拠にのみ基づいた原理的処理が、もっとも国家権力の行使を誤らせない方策であることに気づくのです。そして、この議論は、実は、「ルール・オブ・ロー」の問題として、近代国家が成立した当初から長年にわたって議論されてきたことでした。

確かに、今回の東京地検特捜部による捜査は、高まっていた政権交代の可能性をひっくり返すほど、強烈な政治的影響力を政界に結果的に与えてしまいました。しかし、50年、100年といった長いスパンの中での政治のダイナミズムにあっては、今回の捜査がその後の国家の歩みを大きく変えるほどの影響があるとはとても思えません。政治のダイナミズムというものは、その時々の国家権力の行使に伴う大小の影響をも飲み込んで、大きな潮流となって国家そのものを動かしていくものです。モンテスキュー以来の権力分立思想は、それを見越した卓越した知恵であり、醍醐味であると思うのです。

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中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

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