現代の魔女裁判

魔女裁判は中世ヨーロッパにだけ存在するものか。

被告人の認識に関する事実認定を考えてみよう。
認識が問題となる密輸事案にあって,被告人の行動や外形的事実から被告人の認識を推認するという手法がとられる。
間接事実から要証事実を推認するという認定手法自体,否定されるべきではないが,同じ間接事実であっても,裁判官によって解釈が幾通りもあるような推認手法は常に誤判の危険を伴う。

スーツケースの中には古着が入っているからとの説明を信じて海外から運んできた被告人Aは,税関検査にひっかかり,不安な面持ちで,スーツ開披作業を見守り,中から古着とは思えないような粉末状のビニール袋が何袋も発見され,仮鑑定で覚せい剤と判明する。
被告人Aは覚せい剤と告げられてただ茫然として言葉もなかった。

そして裁判で裁判官はこう指弾する。
「被告人Aがスーツケース内の収納物が違法薬物であると分かり,予想外の物であったにもかかわらず,『騙された!』『俺は無実だ!』などと強く主張しなかったのは不自然であり,それは,経験則上,被告人Aが収納物について違法薬物かもしれない,と思っていたからこそそのような行動になって表れたのである。」

一方,被告人Bは,同じような状況の中で,「騙された!」「俺は知らなかった」などと大声で抗議した。

そして裁判で裁判官はこう指弾する。
「麻薬組織から報酬の約束をして違法薬物の運搬を頼まれ,実行した者が,税関検査で発覚した際に,「騙された!」などと抗議するのは自己の罪責を免れようとする者の巧妙な演技であって,そのような言動をもって被告人Bに薬物の認識がなかったとすることは到底できない。」

要するに,黙っていても有罪,「騙された」と叫んでも有罪。
言い換えると,被告人を縛って拘束して海に投げ込んで,浮かんだら魔女だから火あぶり。浮かばなかったら水死してそのまま。いずれもしても社会から抹殺という,中世の魔女裁判と何ら異ならないのである。

日本の裁判官は,実は,「疑わしきは被告人の利益に」という原則を理解していない。
その原因は,日本の刑事裁判の基本原則として「疑わしきは被告人の利益に」という大原則がある,という「知識」しか勉強しておらず,この法原理の深淵にあるもの,この法原理の背後にある「血の色」を見ることができず,「鎖の錆の匂い」を感じ取れず,苦しみに歪んだ顔が発する「無辜の叫び声」を聞く耳をもたないからである。

中村

「司法制度」に関連する記事

発砲警察官に殺人罪は成立するか

報道によると,奈良県警の警察官が逃走車両に発砲し、助手席の男性が死亡し特別公務員暴行陵虐致死罪などで起訴されていた(付審判請求事案)事件で,訴因変更により殺人罪も審理することになったようです。裁判員裁判です。 窃盗事件で逃走した車両が、警察車両に挟ま ...

READ MORE

鳥取県、成分特定せず全国初の全面規制 危険ドラッグ条例が成立

今日は,「危険ドラッグの規制」に関する記事です。  幻覚や陶酔作用があり、人が摂取する恐れがある危険ドラッグなどを、成分特定なしに「危険薬物」として全面規制し、罰則も設ける改正薬物乱用防止条例が14日、鳥取県議会で可決、成立した。県によると、成分によ ...

READ MORE

アリバイ証明で明らかになった誤認逮捕・誤認起訴

また冤罪事件です。冤罪事件はなくなることはありません。 今回は,弁護士の素晴らしい活動で,比較的早期に疑いが晴らされ,公訴取消となりました。 以下,報道記事です。 大阪府警北堺署がガソリンの窃盗容疑で男性会社員(42)を誤認逮捕した問題で,大阪地検堺 ...

READ MORE

刑事弁護士(Criminal Defense Lawyer)とは

刑事弁護士(Criminal Defense Lawyer)とは何者か。 刑事弁護士が扱う刑事事件は、最後は「和解」でお茶を濁す民事事件とは異なる。 執行猶予か,それとも実刑か。懲役16年か,それとも無罪か。ときには、死刑か,それとも無罪か。 そうし ...

READ MORE

薬物依存者等に対する刑の一部執行猶予制度について

弊所では,覚せい剤,大麻,麻薬などの薬物事件を多数担当しています。現在の日本の刑事司法においては,薬物の使用や所持といった薬物事件の初犯者であれば,起訴されて裁判所で審理を受ける場合でも,懲役1年6月,執行猶予3年といった刑が科され,社会復帰できるこ ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー