成年後見制度と弁護士による犯罪

今日は「成年後見制度と弁護士による犯罪」について考えてみます。

成年後見人として管理していた女性の預金4244万円を着服したとして,業務上横領罪に問われた東京弁護士会元副会長の弁護士・M被告(76)に対し,東京地裁は30日,懲役5年(求刑・懲役7年)の判決を言い渡した。

裁判長は「犯行の発覚を防ぐため,家裁に虚偽報告をするなど,成年後見制度そのものの信頼を揺るがした」と被告を非難した。

判決は,千葉家裁から2007年に精神障害のある女性の後見人に選任されたM被告が,2年半の間に8回にわたり,女性の定期預金を解約して自分の口座に移し,不動産投資の失敗で抱えた借金の返済や事務所経費に流用したと認定。「被害女性の将来の生活費などが大幅に減少する結果になったが,被害弁償は今後も期待できず,被告の刑事責任は重い」とした(2013年10月30日18時25分 読売新聞)。

高齢者や障害者など判断能力が低下した方々を対象として,彼らの代わりに財産を管理するというのが「成年後見制度」です。裁判所は,弁護士が専門的知識や高度な注意能力,さらには,職業上の高度な倫理観を兼ね備えていることを期待して,弁護士を成年後見人に選任しているのです。にもかかわらず,最近では,成年後見人である弁護士自身が,高齢者や障害者などの被後見人から預かった財産を着服するという事件が頻発していると報道されています。

刑法上,たとえ成年後見人であっても,被成年後見人という他人から預かった財産を,無断で使い込むことは許されるものではなく,このような行為は横領罪として処罰されます。
もっとも,成年後見人と被成年後見人が親子関係にある場合等に,仮に,親族相盗例(刑法255条・244条)の適用があるとすれば,刑が免除されます。しかし,この点について,最高裁平成24年10月9日は,「家庭裁判所から選任された成年後見人の後見の事務は公的性格を有するものであって,成年被後見人のためにその財産を誠実に管理すべき法律上の義務を負っているのであるから,成年後見人が業務上占有する成年被後見人所有の財物を横領した場合,成年後見人と成年被後見人との間に刑法244条1項所定の親族関係があっても,同条項を準用して刑法上の処罰を免除することができないことはもとより,その量刑に当たりこの関係を酌むべき事情として考慮するのも相当ではないというべきである」と判示しています。つまり,たとえ成年後見人・成年被後見人間に親子関係があった場合でも,成年後見人の事務の「公的性格」を重視して,私的な親族関係の犯罪処罰阻却事由を規定した255条・244条の適用を否定すると判断したのです。

成年後見人の事務は,裁判所の監視の下で,被後見人の財産の不当な流出を防止するという点で「公的性格」を有します。加えて,弁護士は,その使命が「基本的人権の擁護と社会正義の実現」(弁護士職務基本規程1条)にあり,「依頼者の権利及び正当な利益」を実現する(同規程21条)ことが求められています。そうである以上,弁護士が成年後見人になった場合には,後見人としての公的性格はより強まり,弁護士には専門家としての極めて高度な倫理意識や職務遂行能力が求められるのです。

ところで,このような弁護士の犯罪の要因として,「一人事務所」の弊害が挙げられます。つまり,弁護士一人だけの事務所ですと,誰も弁護士の不正をチェックする者がおらず,弁護士は何でも出来てしまうのです。今回の事件も,不動産投資の失敗で抱えた借金の返済や事務所経費に流用したとのことですが,会社ではあり得ない資金の流用が「一人事務所」の弁護士には出来てしまうのです。
昨今,企業不祥事やコンプライアンスの分野に弁護士が進出していますが,弁護士こそ,自らの業務に対してしっかりとしたコンプライアンス体制を確立すべきです。

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