なぜ共犯事件では弁護士は検事より弱いか(1)

捜査妨害と利益相反について考えましょう。
私が検事だったころ、こういうことがよくありました。
5人を逮捕した暴力団による共犯事件ですが、全員否認、全員に同じ一人の弁護士がついていた事件です。
複数の被疑者に一人の弁護士がつくことはよくあることでした。

全員否認と言っても、逮捕当初はその否認内容がバラバラだったのですが、1勾留目が終わり、2勾留目ころには段々と弁解内容が「統一」されてくるのです。
接見禁止をつけていたので、不思議だなあと思っていたのですが、すぐにピンときました。弁護士が弁解内容をアレンジしていたのです。どうして分かったかというと、ある被疑者の取調べで、「最初はああ言ってたのにどうして変わったのか」と聞くと、「Bもそう言ってるでしょ」と言うので、「誰から聞いたか」と聞くと、「先生が接見で言ってた」とあっさり話しました。
つまり、弁護人が全共犯者の供述を「調整」していたのです。

このようなことをされると、検事は何が真相かが分からなくなります。共犯者5人が当初説明していた弁解の中には真実を語ったものがあったかもしれません。しかし、全員が供述を変遷させてしまうと何が真相かが分からなくなり、結局、被害者の供述や客観的証拠を基に全員起訴せざるを得ないのです。
このような弁護人による口裏合わせの活動は明らかに捜査妨害であり、罪証隠滅行為で、やってはいけないのです。利益相反の問題以前の問題です。

このことは、一人の弁護士が被疑者全員の弁護士となろうと、5人全員にそれぞれ弁護士がつこうと変わりはありません。もし弁護団会議で知った他の共犯者の供述内容を自分の依頼者である被疑者に教えたなら、自然とその被疑者も供述を合わせ、同じ現象が起きるからです。これでは接見禁止の意味がなくなってしまいます。利益相反の問題ではないことが分かるでしょうか。捜査妨害の問題なのです。

ポイントが目に見えてきたかと思います。
ある共犯者の供述内容を他の共犯者に教えてはならないのです。これが捜査妨害をしてはならないという弁護士倫理です。一人の弁護士が全被疑者の弁護人についているときであっても、共犯者それぞれに別々の弁護人がついているときであっても同じです。利益相反の問題と誤解する人は、形式だけ別々の弁護士がつくような形をとり、同じ過ちを犯してしまいます。

次回は、共犯事件において、否認事件であるとの一事をもって弁護人を辞任してしまうことの問題について考えたいと思います。

(中村)

「司法制度」に関連する記事

オウム裁判で番組を証拠採用、NHKが遺憾表明

今日は「マスメディアと司法」に関する記事です。 オウム真理教による3事件で起訴された元教団幹部・平田信まこと被告の初公判で、NHK番組の映像が証拠採用されたことについて、NHKの石田研一放送総局長は22日の定例記者会見で「放送以外の目的での番組使用は ...

READ MORE

無罪判決を破棄、組幹部に懲役20年 大阪高裁

今回は,前回に引き続き「裁判員制度」に関する記事です。 神戸市で2007年、配下組員を指揮し指定暴力団山口組系組長を刺殺したとして、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の罪に問われた山口組山健組幹部 I被告(64)の控訴審判決で、大阪高裁は17日までに一 ...

READ MORE

小沢氏へ4回目の事情聴取要請

第1検察審査会の「不起訴不当」の議決を受けて,東京地検は,また小沢氏に事情聴取要請をしたと報道されています。 やや,蒸し返し・繰り返しの観があります。 何か新しい証拠が出てくる見通しがないのに捜査を繰り返し,蒸し返すと,刑事手続が圧政の手段になってし ...

READ MORE

「リベンジポルノ」に「懲役3年」 自民、今国会提出目指す

今日は,「リベンジポルノ」に関する記事です。 自民党は9日、元交際相手らの裸の画像などをインターネット上に流出させる「リベンジ(復讐)ポルノ」問題に関する特命委員会を開き、最高「懲役3年以下」の罰則を盛り込んだ新法案の概要をまとめ、了承した。公明党や ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー