PISTORIUS TRIAL

■事案
両足切断者クラスの100m、200m、400mの世界記録保持者であり,南アフリカの英雄ともされていたオスカー・ピストリウス(Oscar Leonard Carl Pistorius)が,恋人であるリーバ・スティンカンプを自宅寝室にて銃殺したとの容疑で起訴された事件です。

■当事者の主張
【弁護側ストーリー】
 ピストリウスはリーバと午後10時に同じベッドで就寝。その後,深夜にピストリウスは目が覚め,義足をつけずにバルコニーに出た。すると,浴室の方から音が聞こえた。侵入者がいると思ったピストリウスはベッドに戻り,ベッドの下から銃を取りだした。このとき,ピストリウスはリーバがまだベッドで寝ていると思って,警察を呼ぶように囁きかけた。そして,浴室の方に向かうと,トイレの個室の中からまた音が聞こえた。恐怖におののき,侵入者がまさにトイレから出てくると思ったピストリウスは,弾丸4発をトイレのドア越しに打ち込んだ。

【検察側ストーリー】
 ピストリウスとリーバはその晩一緒に寝てはいなかった。彼らは近所に聞こえるくらい大声でけんかしていた。リーバの胃の内容物から判断すると,彼女は死ぬ2時間前に食事を取ったことが推測される。これは,拳銃の発射の5時間前に就寝したとするピストリウスのストーリーと矛盾する。リーバはある時点で,ピストリウスから逃れるために,トイレに閉じこもった。ピストリウスは憤り,殺意を持って,トイレに4発の銃弾を撃ち込んだ。証人は,この時間帯に,女性の悲鳴を聞いたと証言しており,これは,ピストリウスがドアの後ろの彼女の存在を認識していたことを示唆する。これに対し,弁護人側は,これはピストリウスが助けを呼ぶ悲鳴であると主張する。

■裁判体について
・南アフリカは、1969年に陪審員制度が廃止されました。アパルトヘイトの下で、陪審員が人種的偏見に基づいて評決をするおそれがあったためです。
・ピストリウスはプレトリアにて,マシパ裁判官(Thokozile Matilda Masipa)に裁かれます。彼女は,アパルトヘイトが終わってから,黒人として二人目に任命された裁判官です。

■裁判所の判決
【本罪】
・殺人につき無罪。
→計画的殺人(premeditated murder)について無罪とし,非計画的殺人(non-premeditated murder)についても,未必の故意(dolus eventualis)の証明がないとして,無罪としました。
 
・過失致死(culpable homicide)につき有罪。

【余罪】※参考までに
・2013年の車のサンルーフへの発砲につき無罪。
・2012年のレストランでの発砲につき有罪。
・無許可での弾薬所持につき無罪。

【争点についての判断】
・リーバがトイレに携帯を持ち込んだのは,閉じこもっていたことを裏付けるとの検察の主張については,明かりとりのために持ち込んだ可能性が否定できない。
・ワッツアップ(日本でいうLINE)のメッセージは,殺意の判断には役立たない。
・専門家が,胃の内容物についての科学は完全なものではないという結論に至った以上,消化途中の胃の内容物の意味合いについて裁判所が判断するのは賢明とは言えない。
・証人の証言は矛盾しており,信用できない。
・殺意についての証明は不十分で,被告人はドアの向こうの人間に対して発砲するという認識しかなかった。

■判決に対する疑問
・南アフリカの多くの判決では,人に対して銃を向けて撃てば,殺意があると認定されています。
・マシパ裁判官は,リーバがドア越しにいたことをピストリウスが認識していなかったことを理由に,ピストリウスの殺意を否定したのではないかと,専門家は述べています。
・しかし,南アフリカのState vs. Malinga判決は,日本でいう抽象的符合説と同様の立場を採用しており,これによれば恋人への殺意は認められなくとも,侵入者に対する殺意が認められる以上,殺意は当然認められるとも思われます。
なお,日本でもそうであり,「人」を殺そうと思って「人」を殺せば,その「人」が侵入者であろうが,恋人であろうが殺人罪は成立します。

■法定刑
【本件で問題となる過失致死罪(Culpable Homicide)について】
・Culpable homicide(南アフリカでは過失致死を意味する)については,法定刑がなく,どのような刑を科すかは先例を基準に裁判官の裁量で判断されます。
・量刑に関するガイドラインもありますが,基本的に刑の重さは過失の程度に応じて決定されます。このため,本件裁判官がどの程度ピストリウスに過失があったと認定するかによって、10年以上の懲役という重い刑もあり得るし,自宅拘禁という軽い刑や,執行猶予判決が言い渡される可能性もあります。

■本件の量刑の予想
・前述のように裁判官の裁量に委ねられているため,どのような判決もあり得ます。過去には,恋人を誤って殺した事件で,懲役刑が科されなかった事件もあります。しかし,重過失が認められた場合は,最高で15年程度の懲役があり得ます。
・マシパ裁判官は,「被告人は合理的な行動を取らず、あまりに性急に過剰な攻撃に出た」として、「被告人の行為に過失があったことは明らかである」と判示しています。さらに,「被告人は他に方法があるにもかかわらず,あえて銃を使用した」のであり,「被告人は,電話を拾って警備を呼ぶか,バルコニーに出て助けを呼べばよかった」とも付け加えています。
・なお,量刑についての判断は13日に示されるとのことですが,私の感覚では執行猶予はあり得ず,懲役8年~10年くらいではないでしょうか。
なお,もし殺人罪が認定されていれば,終身刑であったであろうと思います(南アフリカ共和国は死刑廃止国です)。

「司法制度」に関連する記事

刑事訴訟法等の一部を改正する法律案が提出!

平成27年3月13日,第189回通常国会において,「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が提出されました。この法案は,昨年9月に,法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が法相に答申し,その後,3月13日に内閣が閣議決定したものです。政府与党は今国 ...

READ MORE

「2000万件保有」名簿屋逮捕…1万人分販売

今日は,「幇助」に関する記事です。 注文していない商品を届けて金をだまし取る「送りつけ商法」の犯行グループに約1万人分の名簿を売ったとして、京都府警は17日、広告代理店社長・I容疑者(34)(東京都豊島区)を詐欺ほう助などの疑いで逮捕した。 同社から ...

READ MORE

保釈取消し

PC遠隔操作事件で,保釈になっていた被告人が保釈取消しとなって再び収監されました。 保釈とはどんな制度で,どんなときに取消になるのでしょうか。 保釈は,起訴された後に一定の条件で認められる身柄釈放制度で,起訴前の捜査段階では法律上認められません。 重 ...

READ MORE

取調べでの誘導は違法か(その2)

【検事,誘導で調書確認】―大阪地検録画 知的障害者に 大阪府警に現住建造物等放火などの容疑で逮捕・送検された男性(29)に知的障害があり,物事をうまく説明できないのに,男性が取り調べで詳細な犯行状況や謝罪の言葉を述べたとする「自白調書」を大阪地検堺支 ...

READ MORE

「自分がやった」殺人の夫をかばった妻、不起訴

今日は「犯人隠避」に関する記事です。 東京地検立川支部は4日、東京都町田市、無職O容疑者(48)を殺人罪で東京地裁立川支部に起訴した。起訴状などによると、O容疑者は今年1月、八王子市のマンションの一室で、この部屋に住む男性(当時63歳)の首を両手で絞 ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー