釈放理由としての「日中関係を勘案」

尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件で,那覇地検が容疑者の船長を釈放しました。船長は中国政府チャーター機で本国に凱旋し,ピースサインをして英雄となりました。
とんでもない話ですが,政治問題は置いておいて,釈放根拠を考えましょう。

逮捕後の勾留は最初が10日間,止むをえない事由があるときは+10日間の延長ができます。この勾留期間内に検事が起訴するかしないかを判断し,起訴する場合には起訴し,起訴しない場合には釈放します(刑事訴訟法第208条1項)。つまり釈放権限は検事にあります。「勾留取消し」という処分もありますが(同法第87条),それは裁判官の権限です。
今回,那覇地検は,9月19日に10日間の勾留延長を請求しそれが裁判官に認められて29日まで勾留されることになったのに,昨日24日に那覇地検次席検事鈴木亨が突如釈放を発表し,釈放されたのです。

この勾留満期前の釈放の法的根拠を考えると,刑事訴訟法第248条しか考え付きません。もちろん,満期前に釈放することがあります。典型的には嫌疑がなくなったときです。犯人ではないと分かれば検事は直ちに釈放しなければなりません。勾留を支える要件である「犯罪を行ったと疑うに足りる相当な理由」がなくなったからです。しかし,今回は違います。勾留を続け捜査を継続しなければならない事案です。それにもかかわらず,釈放したのは,法的に見れば,「検事が起訴しない」と判断し,起訴便宜主義(刑事訴訟法第248条)の下,釈放権限を行使したと考える以外にありません。「10日以内に起訴しないときは直ちに釈放」(刑事訴訟法第208条1項)というのは,10日目,つまり勾留満期に判断するのが通常であり,ぎりぎりまで捜査を尽くすことが求められていますので,満期前に釈放するというのは異例なのです。

ところで,刑事訴訟法第248条の起訴弁護主義における起訴不起訴の判断は,「犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重および情状並びに犯罪後の状況」を考慮して決定されるので,鈴木次席検事が言及した「日中関係を考慮して」などというのは,当てはまらないように見えます。せいぜい「犯罪後の状況」でしょうか。しかし,一地方の検察庁が「外交」を考慮して処分を決めるなど,権限逸脱も甚だしく,あってはならないことです。この鈴木次席検事の記者会見を受けて,政党や政治家も一斉に那覇地検を非難しています。でも,私には,この鈴木次席検事が言った「日中関係への考慮」という言葉が,いかにも検察官らしくない言葉なので,かえって地検に対する官邸からの強い政治的圧力があったのだなあ,と逆に感じます。鈴木亨がそんな馬鹿げた判断をするわけがないのです。鈴木検事は,私の函館修習時代の恩師です。

それにしても,そんな鈴木次席検事の苦渋の決断を無視するかのように,「地検の判断だ」を繰り返す首相と官房長官は許せません。卑怯だと思います。

「司法制度」に関連する記事

教室で盗撮疑い、高校生書類送検 京都で条例初適用

今日は,「京都府での盗撮」に関する記事です。  高校の教室内で同級生を盗撮したとして、右京署は24日、京都府迷惑行為防止条例違反(盗撮)の疑いで、京都市伏見区の高校3年の男子生徒(17)を書類送検した。学校や職場での盗撮行為の規制を盛り込んだ4月施行 ...

READ MORE

刑事法ローヤーの35年前

恩師渥美東洋先生が亡くなって,しんみりしてしまいました。 古箱をひっくり返し,恩師の思い出を探していたら,昔父に出した手紙を掘り出しました。 消印は1979年8月28日。 今から35年前の「僕」だ。札幌の予備校の寮に入り,大学受験浪人生活をしていたこ ...

READ MORE

犯人蔵匿罪

徳島県警は10月20日、2001年の徳島市の父子殺害事件で指名手配し,ポスターを作って行方を追っていたK容疑者(52)が、岡山市で19日に死亡したと発表した。   岡山県警によると、K容疑者とパート従業員の女性(67)は,岡山市内の飲食店で知り合い, ...

READ MORE

刑事訴訟法等の一部を改正する法律案が提出!

平成27年3月13日,第189回通常国会において,「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が提出されました。この法案は,昨年9月に,法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が法相に答申し,その後,3月13日に内閣が閣議決定したものです。政府与党は今国 ...

READ MORE

強制起訴の社長,二審も無罪判決 詐欺事件で那覇支部

こんにちは。今日も雨がしとしとと降っています。雨の降る日は交通事故が多いなどと言いますが,その原因としてすぐに思いつくのは,路面が滑るからですよね。最近では自転車が車道を走ることも多いですが,クロスバイクやロードバイクは特に車輪が細くて滑りやすいです ...

READ MORE
代表弁護士・元特捜検事 中村 勉
中村 勉 代表弁護士・元特捜検事

長年検事として刑事事件の捜査公判に携わった経験を有する弁護士と,そのスキルと精神を叩き込まれた優秀な複数の若手弁護士らで構成された刑事事件のブティックファームです。刑事事件に特化し,所内に自前の模擬法廷を備え,情状証人対策等も充実した質の高い刑事弁護サービスを提供します。

詳細はこちら
よく読まれている記事
カテゴリー